相続放棄の手続を行うに当たっては、「単純承認」に該当する行為をしないようにご注意いただく必要があります。単純承認というのは、プラスの遺産(資産)もマイナスの遺産(負債)も全て相続することを承認するという意味です。民法という法律には「このような行為をすると単純承認したものとみなす」という規定があり、このように単純承認に該当する行為のことを「法定単純承認事由」と言います。法定単純承認事由としては、次の3つの事項が定められています。

1 相続人が遺産の処分をしたとき。

2 相続人が3か月の期限内に相続放棄などをしなかったとき。

3 相続人が相続放棄などをした後であっても、遺産の隠匿や消費などをしたとき。

以上の3つの法定単純承認事由のうち、最も問題となりやすいのが遺産の処分による単純承認です。どのような場合に遺産の処分による単純承認に当たるのか、あるいは当たらないのかについて、以下で解説させていただきます。

被相続人の債務の支払

被相続人が亡くなったあと間もない時期に、被相続人が支払うべき医療費、公共料金、賃料などの債務を、相続人がひとまず支払うという取り扱いはよくあります。そして、後に被相続人に多額の借金があることが判明し、相続放棄の手続を取ろうと考えた相続人が「被相続人の債務をあの時支払ってしまったから、もはや相続放棄はできないのではないか?」と心配されるケースは少なくありません。

このように、被相続人の債務を相続人が支払うことは、遺産の処分による単純承認に当たるのでしょうか?この点については、誰のお金で被相続人の債務が支払われたのかが結論の分かれ目となります。被相続人の債務を、被相続人の預貯金や現金(つまり、遺産)から支払った場合には、相続人が遺産を処分したものとして、単純承認に該当するものと考えられます。これに対し、被相続人の債務を、相続人の預貯金や現金の中から支払ったに過ぎない場合には、遺産に手を付けたわけではありませんから、単純承認には該当しないものと考えられます。

被相続人の預貯金・現金からの葬儀費用の支払

被相続人の葬儀費用を相続人が支払う際に、被相続人の預貯金や現金を使ったという場合には、遺産の処分による単純承認に該当してしまうのでしょうか?この点については、裁判例(大阪高裁昭和54年3月22日決定)において、「遺族として当然なすべき被相続人の火葬費用ならびに治療費残額の支払に充てたのは、人倫と道義上必然の行為であり、公平ないし信義則上やむを得ない事情に由来するものであって、これをもって、相続人が相続財産を知ったとか、債務承継の意思を明確に表明したものとはいえないし、民法921条1号所定の「相続財産の一部を処分した」に該るものともいえないのであって、右のような事実によって抗告人が単純承認をしたものと擬制することはできない」と判断されました。

したがって、被相続人の預貯金や現金から相続人が葬儀費用を支払ったとしても、単純承認には当たらないのが通常です。

形見分け

形見分けについては、どうでしょうか?裁判例では、被相続人の遺品を形見分けする行為は、財産的価値が高くないものについて行われるのが一般的であることから、原則として単純承認には該当しないものと判断されています(山口地裁徳山支部昭和40年5月13日判決)。したがって、相続放棄を行う場合であっても、被相続人が生前身につけていた衣服や身の回りの物などを形見分けすることは、問題がないのが通常です。

しかし、裁判例の中には、「被相続人の遺品を形見分けしただけでは、民法921条3号の「隠匿」には当たらないが、被相続人のスーツ、毛皮、コート、靴、絨毯など財産的価値を有する遺品のほとんど全てを自宅に持ち帰る行為は同号に該当し、法定単純承認となる」と判断したものもあります(東京地裁平成12年3月21日判決)。このように、財産的価値が高い遺品を取得する行為については、単純承認に該当することがあります。

遺産分割協議

相続人が遺産分割協議をすることは、遺産の処分による単純承認に該当するのが原則です。したがって、遺産分割協議を行えば、相続放棄はできなくなるのが通常です。

しかし、被相続人に多額の債務があることを知らずに遺産分割協議を行ったケースにおいて、被相続人の債務の存在を知っていれば当初から相続放棄の手続を選択していたであろうことから、「遺産分割協議が要素の錯誤により無効となり、ひいては法定単純承認の効果も発生しないと見る余地がある」と判断した裁判例もあります(大阪高裁平成10年2月9日判決)。このように、被相続人の多額の債務の存在を知らずに遺産分割協議を行ったような例外的なケースでは、単純承認に該当しないこともあり得るのです。

被相続人の債権の取り立て

被相続人の債権を相続人が取り立てて受領する行為は、遺産の処分による単純承認に該当するという最高裁の裁判例があります(最高裁昭和37年6月1日判決)。相続放棄をする場合には、被相続人の債権の取り立ては行わないようにご注意いただきたいと思います。

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●相続放棄の手続の流れ
●相続放棄のメリット・デメリット
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●どのような行為が単純承認に当たるのか?
●相続放棄の取消し、無効について
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