はじめに

人が亡くなった場合、故人と一定の親族関係にある人が相続人となり相続することになります。
亡くなった被相続人に多額の借金がある場合には、相続放棄を行うことを検討することも多いかと思いますが、行方不明・音信不通となっている相続人がいることもあります。
また、例えば、被相続人と前妻との間の子など、面識のない人が相続人となっていることが後から判明する場合もあります。

このような場合、どのようにして、相続放棄を進めていけばよいのでしょうか。
また、何か注意するべきことはあるのでしょうか。
基本的には、相続のルールや相続放棄のルールを踏まえて、どのように対応するべきかを考えるのが有用かと思われます。

相続放棄に関するルールについて

相続放棄は相続人が単独で行う行為であること

相続放棄は、何も相続人全員で行わなければならないわけではありません。
相続放棄は、相続人が単独で行う行為ですから、相続人が複数人いる場合でも、基本的には、各相続人がそれぞれで検討して、各自で進めていくものです。
そのため、多額の借金があり、相続放棄を行うメリットが大きいと考えられる場合であっても、相続放棄を行うかどうかは、あくまでも相続人本人が決めることであり、相続人本人以外の人物が勝手に決めることはできません。

相続放棄によって、相続人の範囲が変わること

相続には相続順位があり、誰が相続人となるのか、どういう順序で相続人となるのかは、民法で定められています。
具体的には、①配偶者は常に相続人となり、②子、親・祖父母(直系尊属)、兄弟姉妹という立場の人は、子が第一順位、直系尊属が第二順位、兄弟姉妹・甥姪が第三順位、というように優先順位が決められており、③優先順位の立場の人だけが相続人となり、先順位の人が1人でもいる場合には、後順位の人は相続人とはならないということになります。

そして、相続放棄を行うことで、その人は最初から相続人ではなかったものと扱われることになります。
そのため、例えば、被相続人の子が全て相続放棄をした場合、第一順位の相続人がいないということになり、相続権が第二順位の相続人に移るということになります。
その上で、第二順位の相続人も全て相続放棄を行ったということになれば、今度は、第二順位の相続人がいないということになり、相続権が第三順位の相続人に移るということになります。

以上をまとめると、相続放棄をした結果、その同一順位の相続人が誰もいなくなったという場合に限り、次の順位の人が相続人となるということになります。

相続放棄を行う期限

相続放棄は、自身のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に手続を行う必要があります。
この「自身のために相続の開始があったことを知った時」とは、原則として、被相続人となる人物が死亡した事実を知り、さらに、自身がその相続人となったことを知った時を意味します。

そのため、先ほどの例で、第一順位の相続人である子が全て相続放棄を行って、相続権が第二順位の相続人に移ったという場合、第二順位の相続人の「自身のために相続の開始があったことを知った時」とは、第一順位の相続人がみな相続放棄を行って、自身が相続人となったことを知った時を意味します。
したがって、次順位の相続人は、前順位の相続人が全て相続放棄をしたことを知った時から3か月以内の期限内に、相続放棄を行うことができることになります。

期限内に相続放棄を行わなかった場合にどうなるのか

期限内に相続放棄を行わなかった場合には、相続放棄を行わなかった相続人は、相続を承認したものとみなされることになります。
そのため、相続放棄をしなかった人が相続人として確定します。
そのため、それ以降は、次の順位の人に相続権が移ることもありません。

面識のない相続人がいる場合の対応

以上のルールを踏まえて、それぞれ、検討を進めて行きます。
まずは、面識のない相続人がいる場合について、考えていきます。

この場合、面識のない相続人が相続放棄を行うかどうかは、あくまでもその人自身が決めることです。
そのため、客観的に見て相続放棄をした方がよい場合、相続放棄をしてほしいと考えている場合であっても、その人に相続放棄をするように、強制することはできず、あくまでも、相続放棄を打診したり、お願いしたりすることができるに留まります。
この場合には、その面識のない相続人に対して、相続が発生したことを知らせた上で、相続放棄を行うように促す連絡を取ることが考えられます。
その後は、基本的には、その方の判断に任せるのが穏当です。

その後、その面識のない相続人が相続放棄を行って、その同一順位の相続人が全て相続放棄をしたということになれば、次の順位の人が相続人となります。
そのため、その段階になって、相続人となった人が、相続放棄を行うことができることになります。
このとき、次の順位の人は、前の順位の人が全て相続放棄をしたことを知った時から3か月以内であれば、相続放棄を行うことができます。

その面識のない相続人が、相続を承認するとか、相続放棄をしないままに期限が過ぎてしまった場合には、その人が相続人として確定することになります。
そのため、この場合には、その段階で相続人が確定し、次の順位の人に相続権が移ることはありません。

行方不明・音信不通の相続人がいる場合の対応

続いて、行方不明・音信不通の相続人がいる場合について考えます。

この場合も、基本的には、相続放棄を行うかどうかは、その行方不明・音信不通の相続人本人が決めることになります。
そのため、行方不明・音信不通の状態のため、どうしても連絡が取れない場合には、その行方不明・音信不通の者が相続人という状態で、基本的には動きはありません。
その行方不明・音信不通の相続人と同順位で相続放棄を済ませた者は、相続放棄によって相続人ではないことになりますし、その次の順位の相続人となり得る立場の人に、相続権が移ることもありません。

その行方不明・音信不通の相続人は、被相続人が亡くなったことを知った上で、自身が相続人であることを知った時から、3か月以内であれば、相続放棄を行うことができます。
そのため、そのような行方不明・音信不通の相続人が、ずっと連絡が取れない状態であり、被相続人が亡くなったことや、自身が相続人となったことを知らないで過ごしていた場合には、相続放棄を行うことのできる期限は、いつまでも進まないということになります。
そのため、例えば、何らかの拍子で連絡を取ることができて、その際に事情を把握した場合には、その段階で、その行方不明・音信不通の相続人が相続放棄を行うことになります。

そして、そのような行方不明・音信不通の相続人が、相続放棄を行って、その同一順位の相続人が全て相続放棄をしたということになれば、その段階になって初めて、次の順位の人が相続人となります。
そのため、その段階になって、新たに相続人となった人が、相続放棄を行うことができることになります。
このとき、次の順位の人は、前の順位の人が全て相続放棄をしたことを知った時から3か月以内であれば、相続放棄を行うことができます。

行方不明・音信不通の相続人に相続放棄をしてもらいたい場合の対処

もっとも、場合によっては、行方不明・音信不通の相続人に一刻も早く相続放棄を取ってもらいたいと考えられる場合もあり得ます(後順位の相続人が早々に相続放棄をして、心配の種をなくしておきたい場合など)。
この場合には、その行方不明・音信不通の相続人が、従前の住所等に不在であるとして、不在者財産管理人の選任の申立てを行って、不在者財産管理人に相続放棄をしてもらうことが考えられます。

もっとも、不在者財産管理人の選任の申立てを行うためには、法律上の利害関係が必要とされます。
具体的には、不在者の財産が散逸するとか、滅失してしまうことによって、その財産についての自身の権利が害されてしまうという事情が必要とされます。

また、不在者財産の管理人の選任の申立てを行う際には、家庭裁判所に対して、数十万円の金額を予納金として納める必要があります。
これは、基本的には、申立てを行う人の負担となります。

以上の理由から、実際に不在者財産管理人の選任を行ってまで、相続放棄をする場合はそれほど多くはありません。

相続放棄についてはこちらもご覧下さい

●相続放棄について
●相続放棄の手続の流れ
●相続放棄のメリット・デメリット
●相続放棄の注意点
●相続放棄で受け取れるものと受け取れないもの
●どのような行為が単純承認に当たるのか?
●遺産分割協議など遺産の処分をした場合の相続放棄
●相続放棄後の遺産の管理について
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