預金の払戻をめぐるトラブル

被相続人の死亡後に、ある相続人が被相続人の預金を払い戻して、使い込んでしまうという事案があります。
このような事案について、預金を払い戻した相続人と、その他の相続人との間で、トラブルになることがあります。

遺産分割における取扱いの原則

被相続人の死亡後の預金払戻は、他の相続人の権利を侵害するものとなります。
つまり、被相続人が死亡したことによって、各相続人は法定相続人に従って預金を相続することとなりますので、ある相続人が自分の相続分を超えて預金払戻をすることは、他の相続人の法定相続分を害する行為と評価されるのです。

この点、被相続人の死亡後に払い戻された預金を含めて遺産分割の対象とし、預金の払戻を行った相続人が取得する遺産の額を、払い戻した分だけ減らすという考え方があります。
しかし、遺産分割の原則は、遺産分割の時に現に存在する遺産をどのように分けるかというものです。
そのため、使い込まれて失われた預金は、基本的には遺産分割の対象とはならず、他の相続人が預金払戻をした相続人に対し、法定相続分に従って返還・賠償を求める形での解決を図るべきであるというのが、原則的な取扱いとなります。

しかし、このような考え方を貫いたときに、相続人間で不公平な結果を招いてしまうことがあります。
例えば、被相続人が父、相続人が長男と二男、遺産が預金2000万円、特別受益として長男に対する生前贈与が2000万円あるという事例を想定します。
この事例では、そのまま法定相続分に従って遺産分割をするのであれば、生前贈与を受けている長男の相続分は0円、二男の相続分は2000万円という公平な結論になります。

一方で、長男が被相続人の死亡後に、預金から1000万円を出金し、使い込んでしまった場合には、どうなるでしょうか?上記のような考え方を貫くと、遺産分割の対象となるのは現に存在する預金1000万円であるところ、生前贈与を受けている長男は預金を取得することができず、預金1000万円の全額が二男に渡ることになります。
そして、使い込まれた1000万円については、二男が長男から法定相続分(1/2)に従って500万円(1000万円×1/2)の返還・賠償を受けられるのみとなります。
その結果、二男の手元には1500万円しか確保されないこととなり、不公平な結論となってしまいます。

このような結論は、常識的に考えて問題が大きいものと言えるでしょう。
そこで、以下のような遺産分割前の遺産処分の取扱いに関する制度により、使い込まれた1000万円を遺産分割の範囲に含めて、公平な結論を確保することが可能となっています。

遺産分割の範囲に含めることを認める制度

上記のような不公平な結論を是正するための制度として、遺産分割前の遺産処分の取扱いに関する制度が存在します。
次の3つの要件を満たす場合には、遺産分割前に処分された遺産について、遺産分割の時に現に存在するものとみなして、遺産分割の範囲に含めることができるとされています。

【遺産分割の範囲に含めるための要件】
①処分された財産が、被相続人の死亡時に被相続人の遺産に属していたこと。
②財産が処分されたこと。
③財産の処分をした相続人以外の相続人全員が、処分された財産を遺産分割の対象に含めることに同意していること。

したがって、上記の事例において、長男が使い込んだ1000万円を遺産分割の対象に含めることを二男が希望すれば、使い込まれる前の預金2000万円全額が遺産分割の範囲に含まれることとなります。
その結果、二男の相続分として2000万円が確保されるという公平な結論を得ることができるのです。

もっとも、この制度がカバーしているのは、被相続人死亡後の遺産処分のみであり、被相続人の生前の預金の使い込みには適用されません。
被相続人の生前の預金の使い込みについては、遺産分割とは別枠で返還・賠償を請求していくべきであるというのが法的な理屈であり、遺産分割の調停や審判での審理が困難なことも少なくありません。

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