1 はじめに

被相続人が歯科医師の場合、一定の財産を形成していることが多いため、相続の際はその財産をどうするかが争いになる可能性があります。
加えて、被相続人が歯科医院を経営していた場合には、その医院をどうするかという点も含めて、特有の問題が発生します。
ここでは、被相続人が歯科医院を経営していた場合の特有の問題について解説いたします。
なお、歯科医院を自営業として経営していたか、医療法人を設立していたかによって扱いが異なります。

2 歯科医院(自営)の相続

歯科医院を自営業として経営していた場合、歯科医院に関する財産・負債も法的にはすべて被相続人のものですので、相続の対象になります。
具体的には、歯科医院の土地・建物を所有している場合にはその所有権が、また、歯科医院の設備や負債も相続の対象になります。
そのため、これらの財産・負債を誰が相続するのかという問題が発生します。
他方、歯科医院は開設の際に開設者が届出を行い、これに対する許可がなされることで開設が可能になるのですが、この許可を受けた開設者としての地位は、相続の対象にはなりません。
そのため、歯科医院を継がせる場合でも、歯科医院の経営を続けるためには、別途開設の手続きを行うか、生前に開設者を変更しておくなどの対応を取っておく必要があることに、注意が必要です。

(1)歯科医院の跡継ぎについて

【①相続人が歯科医院を継ぐ場合】
子などの相続人が歯科医院を継ぐ場合には、その相続人が、歯科医院に関する財産を相続するとともに債務を負担し、歯科医院の経営を続けることが考えられます。
ただし、歯科医院に関する財産が被相続人の財産の大半を占めるような場合、その相続人が歯科医院に関する財産を相続すると、他に相続できるものが無くなったり、むしろ代償金として他の相続人に金銭を支払うことになったりする可能性があります。
したがって、歯科医院を継ぐ相続人の負担を軽くするためにも、生前の対策が重要になります。

【②相続人以外が歯科医院を継ぐ場合】
勤務医などに歯科医院を継ぐことができる人がいる場合には、その人が歯科医院の経営を続けることが考えられるでしょう。
ただし、相続人以外が歯科医院を継ぐ場合、法的には、その人は歯科医院に関する財産・負債を相続する権利を有するわけではないので、後述のとおり遺言書の作成による対策を取っておくことが必要になります。

【③歯科医院を継ぐ人がいない場合】
歯科医院を継ぐ人がいない場合は、歯科医院に関する財産・負債については相続人が相続し、その後廃業して不動産等を利用するか、あるいは歯科医院として第三者に売却するなどの処分を検討することになるでしょう。

(2)歯科医師の財産の特殊性

歯科医院の設備も相続の対象になりますが、その中には、ユニットやX線撮影装置といった高額なものも含まれます。
しかし、これらの設備は歯科医院を経営しない相続人には不要であるにもかかわらず、これらの設備を相続手続の中で過度に高額に評価してしまうと、歯科医院を継ぐ相続人が他に相続できる財産が無くなったり、代償金を支払う必要が生じてきたりします。
そのため、これらの特殊な財産をどのように扱うのかという点についても、慎重な検討が必要です。

3 歯科医院(医療法人)の相続

医療法人の場合、歯科医院に関する財産・負債は、医師個人の財産ではなく、医療法人のものになります。
そのため、歯科医院に関する財産・負債を誰が相続するかという問題は発生しません。
他方で、歯科医院の社員や理事といった地位も相続の対象にはなりません。
そのため、特定の人にこれらの地位を継がせたい場合でも、相続によることはできないので、生前のうちに歯科医院内で話を付けておくのが無難でしょう。
なお、平成18年の医療法改正より前に設立された医療法人であれば、出資持分及びその払い戻し請求権の定めがある可能性があります。
その場合は、出資持分及びその払い戻し請求権が相続の対象になり、これを相続した相続人が、医療法人に対し、出資持分の払戻しを請求できることになります。

4 歯科医師の相続問題の解決方法

(1)遺言書の作成

歯科医師に特有の相続問題に対処するためには、被相続人が存命のうちに、歯科医院の経営のことも含めて、遺言書を作成しておくことが考えられます。
遺言書を作成することで、医院を継ぐ人物に医院に関する財産を相続させることが可能ですし、相続人以外の人に引き継がせることも可能になります。
その際、遺留分も考慮し、その他の相続人にも一定の財産が渡るようにしておくと、将来の紛争を予防することが期待できます。
特に、相続人以外の人物に歯科医院を継がせる場合には、遺留分に慎重に配慮する必要があるでしょう。

(2)遺産分割協議・遺産分割調停

遺言書がない場合の遺産分割の進め方としては、まずは相続人全員で話し合い(遺産分割協議)、直接の話し合いでまとまらない場合は、遺産分割調停という家庭裁判所の手続きを使うことが一般的です。
遺産分割調停とは、裁判所の調停委員という第三者に仲介してもらい、裁判所で話し合うという手続きです。
通常の遺産分割調停では、遺産を法定相続分に従って分ける方向で話を進めることが多いのですが、被相続人が自営の歯科医師の場合、歯科医院の経営や財産の特殊性も含めて話し合いをしていくことになるでしょう。

5 弁護士にご相談ください

このように、歯科医師の相続については、財産の特殊性から争いが起こりやすいほか、歯科医師特有の問題も存在します。
これらの問題に対処するためには、専門家である弁護士にご相談されることをお勧めいたします。
歯科医師の相続問題でお悩みでしたら、お気軽に当事務所にご相談ください。